西遊記で悟空が頭にはめてた輪っかの名前ってなんだっけ?
こんにちはRenです!今日は西遊記の雑学についていくつか書こうと思います。
この間ふと、孫悟空の頭についてるあの輪っかの名前ってなんていうんだっけ?と気になって調べてみたのがはじまりです。
その名前は緊箍児(きんこじ)っていうんですけど、みなさん知ってましたか?
それを調べているうちに、ほかにも興味深い事実がぞろぞろ出てきましたよ。
緊箍児のほかにも名前はなかったか?
あの孫悟空が頭にはめて、三蔵法師が呪文を唱えるとキリキリと締め付けて暴れん坊の孫悟空にいうことを聞かせる輪っか。
その名が緊箍児(きんこじ)だということはすぐに判明しました。
「きんこじ」かあ、とは思ったのだけど、その名前に聞き覚えがないのでいまいち釈然としません。
なにかもっと別の名前があったんじゃないかという気がします。
検索結果でも、「なにか他にも名前があったと思うけど、なんだっけなー」と言っている人がたくさんいました。
これは西遊記に出てくる魔物の妖術で全員記憶を消されているのではないか。
そういぶかしみつつ、もう少し調べてみました。
他の作品中での名前はどうか
この孫悟空の輪っか、似たような機能と形状をしたものがドラえもんにも出てきていたことを知ってましたか?
その名もごくうリングといい、「しまれ」とか「しめろ」とかの言葉で頭を締め付けるひみつ道具です。西遊記の輪っかとほとんど同じですね。『ドラえもんカラー作品集』の第6巻に収録されています。
そしてもうひとつ、風の子バンドという似たような道具があって、これは「寒い」とか「冷たい」とかの言葉に反応して頭を締めつけます。
こちらは「子どもは外で遊べ、寒いなんて言ってるとこうだぞ!ぎりぎりぎり!」というスパルタ的な雰囲気を感じるひみつ道具ですね。
Wikipediaでドラえもんのひみつ道具のページを熟読してしまいました。時間泥棒もいいところだった。
結局、緊箍児以外の名前が見つからなかったので、ここからは西遊記にまつわる雑学をいくつか紹介します。
三蔵法師はたくさんいた
西遊記に出てくる三蔵法師(さんぞうほうし)というのは固有名詞ではなくて、皇帝から「三蔵」の称号をもらった僧のことをそう呼ぶんだとか。
西遊記の三蔵法師はその何人もいるうちの一人で、玄奘三蔵という実在した僧がモデルになっています。
その玄奘三蔵が書き残した『大唐西域記』(だいとうさいいきき)や、玄奘の弟子たちが書いた『大慈恩寺(だいじおんじ)三蔵法師伝』がもとになり、のちの西遊記にエピソードとして取り込まれています。
日本にも三蔵法師がいた
意外なことに、日本の僧にも三蔵の称号が与えられた人物がいます。遣唐使で唐に渡った霊仙という人物がその人。玄奘三蔵と同じように霊仙三蔵とも呼ばれます。
長安で仏典の訳経に従事し、とWikipediaにはあるので、サンスクリットから漢語に翻訳していたんでしょう。
45歳で唐に渡ったといいますから、それから外国語を学んだとしたら、この人の語学の才能ってすごくないですか?
当時の日本の公式文書も漢語だったのでそれは当然としても、僧は当時のインテリ階級でしたし、日本にいた時からサンスクリットも理解できたのかもしれませんね。
玄奘の墓が日本にある?
三蔵法師の玄奘の墓が、じつは日本のお寺にもあります。埼玉県の慈恩寺がそのお寺。
慈恩寺?
三蔵法師が経典を持ち帰ったお寺も大慈恩寺でしたね。やはりなにか仏教の宗派的にもゆかりがあるのでしょうか。このへんはちょっと不明。
そもそもなぜ三蔵法師のお墓が日本にあるかというと、日本が中国と戦争していた1942年に、南京市の雨花台という場所で旧日本軍が玄奘の墓を発見して、その骨を持ち帰ったのがその始まり。
持ち帰るなよ埋葬されてるお骨を…と思いますが、まあ頭骨を持ち帰ってきてしまった。
それを戦後になってから、この慈恩寺に安置することになったんだそうです。
その間、まだ国交を回復していない中国とすったもんだあったそうですが、そりゃあるわな。
持ち帰ったお骨のうち、そのまた一部がさらに奈良の薬師寺に行ったり台湾のお寺に行ったりと、三蔵法師の骨は現代に至っても波乱万丈の旅を続けています。
だいたい仏舎利殿とか聖骸布とか、聖人の遺物があちこちに分散していくのって、宗教の世界では普通なんでしょうか?
まあ一般にも分骨とか普通に言うからなあ。
自分の頭蓋骨を首にかける三蔵法師
骨といえば、三蔵法師のこんな肖像画が残っています。
重い荷物を背負って歩く三蔵法師の姿なんですが、首になにか掛けていますよね?
これ、じつはドクロでできた首飾りなんです。
数を数えると全部で九つ。
このドクロにはいわれがあって、なんとこの9つのドクロは、すべて三蔵法師の前世の頭蓋骨なんだとか。
三蔵法師の前世に当たる人は、みな三蔵法師と同じように仏典を求めて天竺へ旅したのですが、そのたびに流沙河(りゅうさが)に棲む魔物に流砂に引きずり込まれて殺されました。
それがたび重なること9回。10回目にやってきた三蔵法師が悟空、猪八戒、そして観世音菩薩の助けを借りてやっと魔物をやっつけることができました。
その頭蓋骨のネックレスを最初に身に着けていた流沙河の魔物が、みなさんおなじみの沙悟浄(さごじょう)です。
つまり肖像画のドクロのネックレスは、沙悟浄から取り上げた自分の前世の頭蓋骨だというわけなんです。
ちなみにこの9つのドクロは、最終的には九筋の風になって消え去っていきます。
前前前前前前前前前世から魔物に食われっぱなしだった三蔵法師。
10回目で念願かなってよかったですね。
沙悟浄が河童になったわけ
このエピソードでもわかるように、もともとは沙悟浄は砂漠の流砂の中に潜んでいた魔物でした。
でも流砂河(りゅうさが)という字面から、西遊記のシーンも川の場面だと誤解されることが多かったようです。
川に棲む魔物つながり、ということで、沙悟浄は日本では河童のイメージで定着しています。
中国をはじめとする日本以外の国の人には、沙悟浄がなぜあんな格好をしているのか不思議に思うこともあるそうですよ。
亀の甲羅を背負ってハゲ頭がいつも濡れてないといけないって、河童を知らない人からすれば、たしかにかなり突飛なキャラクターですよね。
西遊記の雑学まとめ
- 悟空が頭にしている金色の輪っかは緊箍児
- 三蔵法師はたくさんいた
- 三蔵法師は日本にもいた
- 三蔵法師の墓が日本にもある
- 三蔵法師の首にかけたドクロは自分の前…前前前世
- 沙悟浄は別に河童ではなかった
今回は緊箍児の名前を調べるところから始まって、そこから見つけた西遊記にまつわる雑学をお届けしました。
金角銀角とが牛魔王とか、断片的に覚えているけど西遊記の全体の流れがどんな物語だったか忘れてしまっています。
元は長い物語ですが、西遊記にはダイジェストやコミックス版などがいろいろあるので、この機会にいいのを探して読んでみるのもいいですね。