身近なパラドックス ブログネタその91~100

   

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ブログのネタ探し・その10回目

こんにちはRenです。書くことないけどブログの記事を書きたい、材料を思いつかないけど15分とか20分で簡単に1記事更新したい、そんなときのヒントを10個ずつ提供する第10回目です。

 

91.もうひとり自分がいたらやらせたいこと

時間がなくてやりたいことがやれない大人は多いんじゃないかと思います。

そういう時、もう一人自分がいれば…と思うこともなくはないですよね。

もし体験や記憶をクラウド的に共有できる人間がもう一人いれば、その人物になにをさせたいか考えてみよう。

この作業って、実は自分の中の優先順位を整理するのにも役立ちます。

僕はもう一人の自分には遊んでもらいたいですね。まずあちこち海外を旅行してほしい。そして知らない人と親しくなって飲んでたくさん喋ってきて欲しいです。

それをあとで自分の脳に同期したい。

仕事は自分でやります。実際のところ、遊ぶより仕事してるほうが楽なんだよな。

 

 

92.好きなもの10個

好きなものをただ思いついた順に10個並べるだけの記事です。

それに少しずつ説明や理由や具体例などをふりかければ、1記事分の材料には十分なります。

僕が好きなものは、苦くて酸味のないコーヒー、不意に出会う優しい言葉、古い映画、田舎の夏、歌詞のない音楽、小さい車、昼間の理髪店、都会の朝、一度に数ページしか読めない小説、二度寝など。

こうして実際に並べてみて、ふーん僕はこういうのが好きなんだ、とあらためて認識しました。

俺って自分で思う以上に受動的でおとなしい生き物なんだな、そんな発見の効果もあるかもしれません。

 

 

93.今欲しいもの10個

まさに今、現時点で欲しいものを10個挙げるだけの簡単なお仕事です。

上着、靴下、シュークリーム、今日晩ご飯を食べに行く相手、サラダせんべい、、、、、、紙幣。

要するに僕は今、肌寒くてお腹がすいているってことですね。

10個思いつかなかったので、だいたいいつでも欲しいものを最後に足しました。

 

 

94.いつか欲しいもの10個

こっちは今日中には無理だけどそのうち、またはいつかは手に入れたいものを10個書いてみる試みです。

これなら現実的なところで考えても10個くらいすぐ出るだろ。

マンション、BMW、初対面の人を案内できる行きつけの飲食店10軒、外国の定宿、大きい本棚、割れた腹筋、一眼レフカメラ、ホームシアター、オフロードバイク、シーカヤック。札束。

簡単に10個出たので、だいたいいつでも欲しいものを最後に足しました。

 

 

95.好きな人10人

有名人などで好きな人、気になる人を10人挙げるだけ。100人好きな人がいれば10回分の記事のネタになります。

そうは思うものの、僕の好きな人はそんなにたくさんはいないかな。10人出せないかもしれない。

気になる人がいたら一人ずつしっかりした紹介記事にしていこうと思います。そのほうが訪問ユーザーも多そうだし。

 

 

96.身近なパラドックス

古いものを大事にして長持ちさせるとかえってお金や手間暇がかかるということは、このブログでも何度か書いた気がします。

そんな個人的なジレンマや些細なパラドックスについて書いてみましょう。

僕が最近感じたのは、ひげそりがよく剃れると剃り残しが多くなるというパラドックスです。

新しいひげそりは当然よく剃れます。刃を肌に押し付けずになでるようにしてもひげが剃れます。むしろ剃れすぎて押し付けるのは怖い。

だからひげは面というより点で剃れます。

つまりどういうことか。

新しいひげそりほど、一度のストロークでそり落とす面積が狭いのです。だから古いものより何回もなでる必要がある。そうしないときちんと剃れない。

替え刃を新しくしても昨日までの気持ちのままで剃ると、剃り残しがたくさんできるというわけですな。

 

 

97.小規模な予言

これからはなんでも優しいものが流行る。そう思います。そうであってほしい。

僕はこの前散髪してきたんですが、理容師さんの使う櫛がやたら尖ってて、耳とかにあたって痛いのです。ひっかいて血が出るんじゃないかってくらい。

その理髪店だけ、その時だけじゃなくて、僕には割とよくある出来事です。

肌が20代までよりも強い刺激に弱くなってるんですね。

これは皮膚の強さだけの話ではなくて、食べ物の好みでもそうですし、テレビの音やナレーションの声が不愉快になってきたのでも感じます。

日本の平均年齢はもう40歳を超えていて、今後もどんどん上がっていきます。だからこれからはどんな分野にせよ、当たりの優しいものが必ず増えていきます。

これは単なる願望ではありません。

予言と現実の対応関係には常に幅広い適合(解釈)の余地があるので、たいていの予言は当たります。

別の言い方をすれば、自分が予言したことに当てはまる事実は、それ以降は優先的に目に入ってくるようになるということです。

つまりという自分にとって都合のいい予言をしておくと、その予言によって現実の照らされる方向が変わってくるんですよ。そのことによって自分の好きな方向に進みやすくなるんです。

だから適当にこうなったらいいなという予言をしておきましょう。

 

 

98.嘘をついてみる

この記事を書いている今日は4月1日で、世間ではエイプリルフールということになっているようです。

僕は今日は一日家にいて誰とも会ってないので、ここでひとつ嘘でもついておきましょうか。

この中にひとつだけ嘘があります。

  • 今朝はカレーを食べた。
  • ゆうべもカレーだった。
  • 僕はフルマラソンを2時間半で走れる。
  • いま財布に10万円入っている。
  • 昨日道を歩いていたら100万円拾った。
  • 今日は僕の誕生日だ。

ひとつだけ嘘があるというのは嘘で、ひとつだけ本当が混じっています。

それから僕はクレタ人です。

本当のことを言うと「今日一日家にいて誰とも会っていない」だけが嘘です。

 

 

99.リセットしたい

最近のスマホで遊ぶゲームにはリセット機能がないらしく、「リセットしたい」という言葉が比喩としては伝わらなくなってきているという話を聞きました。

現実をリセットしたい的なことを、昔は僕もたまには考えていたような気がします。ひとつの夢想として。

でも最近はそんなことを考えることもない。それは現実に適応したからではなくて、リセットしようと思えばできるものは案外たくさんあることがわかってきたからじゃないかと思います。

会社も辞めようと思えば辞められるし、引っ越しもできる。やろうと思えば国外脱出もできるし、離婚もできるわけじゃないですか。

他の人がやってることを自分のこととして想像してみるだけでも、可能性が広がるのが感じられると思います。

1分でできるそんな空想もひとつのリセットです。

 

 

100.100年後に残したいこと

100年後のことを想像して書いてみましょう。

僕は30代も後半になって、100年という時間が昔ほどの途方もない長さで感じられることはなくなってきました。

これは古い映画を見たり小説を読んだりしているうちに、「100年前」が感覚的にイメージできるようになったことが大きいです。

1916年に漱石が没し、17年には志賀直哉が「城の崎にて」を書き、朔太郎が『月に吠える』を発表しています。

映画では前年に『イントレランス』が公開され、チャップリンがサイレントの短編を作りまくり、キートンが脇役で数多くの映画に出演していた頃。

ジョン・F・ケネディやアーサー・C・クラークや山田五十鈴や千秋実が生まれたのもこの年です。

僕から見ると祖父の世代が生まれたころで、僕の好きなモノクロ時代の古い映画の俳優たちも、とっくにこの世にいたわけです。

100年前くらいの家具は今でも容易に入手して生活に取り入れることができますし、森や街なかの大きい広葉樹なんかは、当時からずっとそこに立ってることも多いですよね。

だとしたら100年後もそれくらいの身体的な距離感でとらえられたらいいのに、と最近は考えています。

100年安心な年金とか国家100年の計とかいう空疎でしかない言葉ではなくて、国家の理想像とか固有の伝統とかいう都合のいいイメージを掲げることでもなくて、100年後にここにあるはずの空間や、いるはずの人たちとの距離感を身体的に実感してみることが、今後の社会の向かうべき方向をリアルに見つめる手掛かりになるんじゃないかと思います。

 

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